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| 『 わらしべ長者 』 | ![]() |
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| 埼玉県所沢市 持明院副住職 豊山仏青広報次長 木村真弘 |
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日本人にとって、観音菩薩はもっとも親しまれている尊い仏さま(のお一人)といえるでしょう。『観音』というお名前には、「音を観る」と書くように、透きとおった温かい目で世の中にあるべき姿を明らかに見るという意味があります。観音さまは、正しく、清らかで、おおらかな知恵に満ち、哀れみ深く美しい目の持ち主であり、我々、人間の理想像があらわされています。 この観音菩薩の功徳をまとめた『観音経』という教典には、観音さまの力を念じれば、火難や盗難などあらゆる災難に遭難しても恐れることはないと説かれています。それゆえ、昔から人びとは、観世音菩薩を念じれば、除災招福のご利益があると信じてきました。
男の願いに、観音さまが慈悲の心をお示しになられる。この場面は、「わらしべ長者」のもとになった、中世の説話集『今昔物語集』巻第十六「長谷にまゐりし男、観音の助けによりて富を得たる語 第二十八」において、さらに素朴なかたちとして描かれます。長谷観音の前で、男は次のようにいいます。
これをうけて、21日目にあらわれた僧侶は、男にこう言います。
このやりとりには、混迷の世界に生きる人間が示した、むき出しの激しい心があらわれています。男は、身勝手に観音さまを責め立ててでも、貧しい身の上を変えたかった。確かにそれは、見当違いな願いです。しかしそこには、この世に生まれ、もがきながらも必死に生きようとする生の人間の姿があります。長谷寺の観音さまは、わらしべ長者がさらけ出した人間の姿に、慈悲をお示しくださったのではないでしょうか。 生きることに必死だった男の願いと、生きることに葛藤する人間の姿をそのまま受け止めてくださった観音さまのお心。それを目の前にしたとき、ふと、現代を生きる自分は、今この時を一生懸命に生きているのだろうかと考えてしまいます。 |
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