『 チームのよろこび 』 | ||
千葉四号仏青会員 千葉県成田市 宝徳寺住職 片寄 照秀 |
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今までで一番の思い出は“拍手”をもらったこと。 ある野球少年は、初試合で初ヒットを打ったときにもらった、監督やチームメイト、保護者の方がたの温かい拍手が忘れられないという。 少年はチームで一番下手くそ。体が弱く、練習中に何度も嘔吐して、周囲に迷惑をかけていた。うまくできない・・・そんな思いから練習に熱が入らず、叱られてばかり。チームの監督が「正直いって野球を続けるかどうかも怪しい」と思うほど。背番号をもらって試合に出るということにもっとも程遠い選手だった。 そんな少年が一念発起したのは監督の一言。 「頑張っているヤツを(試合に)出す」 少年は思った。 「自分も頑張れば、背番号や試合出場に手が届くかもしれない」 次の日から少年は大きな声を出すようになった。練習にも積極的に取り組んだ。 勉強が終われば、グラウンドへ。毎日毎日それを繰り返した。 自分が出場できない試合でも、大声を張り上げてベンチから応援した。 そうしていつしか少年の心は野球のことでいっぱいになっていた。 しかし試合や背番号にはなかなか手が届かなかった。悔しくて涙がこぼれてきた。 それでも少年は涙をぬぐい、黙々と練習を続けた。 ある日の試合。ゲームはもうすぐで勝敗が決まる終盤に差し掛かっていた。突然、監督から声がかかった。少年をバッターとして送り出す指示だった。 少年は、嬉しさと緊張感のなかで、バットを強く握りしめた。 バッターボックスのなかの数秒がゆっくりと感じられた。マウンドに立つピッチャーの指からボールが離れるのが見えた瞬間、少年は思い切りバットを振った。 グラウンドには重い金属音が鳴り響いた。ボールはぐんぐん空高く飛んでいく。 「やった、ヒットだ!」 少年は駆け出した。 ・・・試合には負けた。しかし一塁ベースへ向かう少年の耳には、確かにチームメイトの歓声が聞こえていた。その興奮は試合後も消えなかった。チームメイトも同じだった。まるで優勝でもしたかのように、みんなに笑顔がこぼれた。いつもは厳しい監督にも柔和な表情があった。チームメイトの保護者の方々からは一斉に拍手が起こった。少年は恥ずかしくなってその場を足早に走り抜けた。 一本のヒットがもたらした喜び。少年はみんなの笑顔をみて、チーム全体で、自分に示してくれていた思いやりの心を知った。自分は自分をチームに不要な人間だと思っていた。みんなにとって下手くそな自分の存在なんていてもいなくても同じだ。そう感じてきた少年の心は大きく変わった。自分への関心はまるでない人びと。そんなふうに思っていた人たちがしてくれた最高の拍手。少年は自分が恥ずかしくなった・・・。 ・・・今も思い出すあの時の笑顔と拍手。大人になった彼は、心が挫けそうになったとき、いつもあの光景を思い出す。 |