『 父の涙 』   
  千葉北仏青会員
  千葉県野田市 観音院副住職 
           勝田 正光

 知人の就職が決まりました。彼の地元は静岡県で、現在は東京で一人暮らしです。就職先も都内で探していました。なかなか結果が出ず、悶々とする日々。活動すること十ヶ月、ついに都内近郊の会社に内定を頂きました。けれどもそれは大変厳しい仕事。なかには悪徳と呼ばれる企業まで存在する業界の仕事でした。

 周りの人は難色を示しました。しかしこの話を断れば、彼の就職活動は一からやり直しです。世間の不景気もあって、採用募集をしている企業はほとんどないのが現状です。迷おうにも、内定した企業に入社の意思を伝える期限も迫っています。業界の大変さを知りつつも、彼は内定を受諾する意思を固めました。

 返事をする前日の夜、静岡にいるお父様から電話が着ました。話の内容は、「内定した企業への入社を考えなおすように」とのことでした。知人の意思は変わりませんでしたが、それ以上にお父様の意思は強いものでした。つぎの朝、玄関にはお父様の姿がありました。息子の将来を心配し、その日あった仕事を休んで上京してきたのでした。

 息子を前にしたお父様は、目を赤らめながら自分の思いを話されたそうです。息子の自立は嬉しいことだ。企業が内定をくれたのも、社会が認めてくれたことであり、それは喜ぶべきことである。しかしこれから息子が歩もうとしている道はあまりにもいばらの道である。そんな状況にいる息子を目の前にして、父親である自分が黙っていてよいはずがない。たとえ、息子に甘い父親だと世間から言われようと、自分はこの子の父親でありたい。

 お父様はその目に涙を浮かべて、自分の生い立ちを語りはじめたそうです。日雇い労働者の家に生まれ、自分を養うお金が満足になかったこと。そんな中、大学に合格し、お金が必要になったこと。食事代を削って学費に当てたことから、お母様が栄養失調でこの世を去られたこと。自分の子供には絶対同じ思いをさせないと誓ったあの日。お父様の涙は、自分にとって家族こそ生きがいなのだという思いの表れでした。

 後日、彼は別の会社に就職が決まりました。お父様は小さく、しかし深い声で「ありがとう。」とつぶやいたそうです。お父様は気丈な方で、知り合って四十年になる奥様にさえ、涙をみせたことがないそうです。

 息子のために流した父の涙。

 日常のなかで忘れがちな両親の深い愛情を再認識させられたお話でした。人間は自分のためだけに生きるのではありません。周りの人、とくに自分の命を授けてくれたご両親の愛情によって生かされているのです。わたくしも息子さんが社会人として立派に羽ばたくよう応援させて頂きたいと思います。