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【豊山仏青機関紙 豊友第136号】 平成21年12月17日発行
発行者:豊山派仏教青年会 真言宗豊山派宗務総合庁舎内 (直通)TEL・FAX03-5940-0585
発行人:鈴木道盛
編 集:豊友出版部

〜 も く じ 〜

>全真言宗青年連盟 第30回記念結集東京大会

  「私たちにできること」 埼玉三号支所 宝泉寺 色摩真了

  「教化のかたち」  東京四号支所 密蔵院 名取清仁

>長谷寺 演奏奉納

  「梵響」 愛知支所 薬師寺 岩田 龍誠

  「観音さまの微笑み」 越後支所  妙楽院  星 泰純

>護国寺 演奏奉納

  「大本山護国寺演奏奉納法要」 北海道支所 孝徳寺 関 道俊

>「千響」 関東・関西講習会

  「響きの力」 福島二号支所 長命寺 茨木 祐賢

>編集後記
 

全真言宗青年連盟 第30回記念結集東京大会

 これも仏さまのご利益、と思うほどの好天に恵まれた十一月二十六日と二十七日、中野の宝仙寺において全真言宗青年連盟第三十回記念結集は開催された。

 お釈迦さまが涅槃に入られたのち、お弟子さまがその教えを確認・研鑽するために始まった結集。今回も、お大師さまの教えを受け継いだ、真言僧侶が結集し、私たちにできることを確認しあう素晴らしい結集となった。



 「ともに歩むために」というテーマである今回は、私たち真言僧侶だけでなく、私たちを生かしてくれている、この地球とも、ともに歩むために「エコ」を目指した。
 大会の記念誌は再生紙だけでなく、有害な廃液を出さない水無し印刷で印刷され、インキは、米を精製する際に発生する米ぬか油を使用したライスインキを使用している。
 また、記念品は、大量のデータを保存できるUSBメモリーやエコバックである。これらの技術も、今大会を通じて、広く共有することができれば、この地球とともに歩む大きな力になるだろう。

 お大師さまの教えのもと、結集した真言僧侶が心を一つにし、ともに歩む。このかけがえのない地球とともに歩むために。

 今大会に参加してくださった多くの諸大徳の皆さま、また快く会場を提供してくださった宝仙寺さま、京王プラザホテルさまに深く感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

 

   「私たちにできること」
                  埼玉三号支所 宝泉寺 色摩真了

小春日和に恵まれた二日間に渡り、全青連第三十回記念結集東京大会に参加して参りました。
 大会テーマは「ともに歩むために」。

 「同行二人」という言葉は、解釈を広げれば「(私とあなたが)ともに歩む」と、捉えることができると常々考えておりました。であるとすれば「同行二人」を標榜する私たちにとって、全青連結集のテーマとしてこれ以上ふさわしいものがあるでしょうか。

 初日の宝仙寺様においては「ともに歩む」一つの象徴と言って良いでしょう、真言宗各派による合同法要が営まれ、京王プラザホテルにおいては参加者三百五十余名が「ともに歩む」ことを再確認しました。
 また、開会式では智山派管長猊下阿部龍文大僧正より「弘法大師と共に歩む」つまり、お大師様を各々の心の中に再現し、現代の諸問題にあたることを期待すると激励をいただき、懇親会のご挨拶では豊山派管長猊下小野塚幾澄大僧正より、慈雲尊者・雲照律師の偉業を引いて、両先師への報恩謝徳のためにも青年僧侶は迅速果敢なる行動に移るべきというご口上を頂戴致しました。

両猊下のお言葉にもあるように、例えば、増え続ける自殺者。年々拡大する貧富の差といった、現在の日本が抱える身近な問題を前に、あるいは世界規模で多発する諸々の争い、地球の存続自体をおびやかす環境問題といった人類全体が抱える課題と対峙したときに、お大師様の、ひいては仏の教えを受け継ぐ私たち真言青年僧侶にできることは無数にあるはずです。
 「ともに歩む」を共通の旗印に、真言宗各派の青年僧侶らが侃々諤々と議論を戦わせる。そんなことも今後は全青連結集の中で必要になってくるのかもしれません。

いずれにしてもこのような貴重な場を設けてくださいました関係者の皆様方には心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


   「教化のかたち」
                  東京四号支所 密蔵院 名取清仁


 『三十周年記念結集』の二日目に京王プラザホテルを会場に行われた、林 英哲さん、島田洋七さんお二人の記念講演の様子をお伝えいたします。

 会場には前日から引き続き、多数の真言青年僧侶の皆さまに参加いただきました。最初に、和太鼓の世界的奏者であり、豊山太鼓「千響」の顧問でもいらっしゃる林英哲先生の講演が行われました。
 「明日に向かって打て」と銘打ち始まった講演は、ご自身が寺院の二男として生まれた事や、独学で始めたドラムの練習から和太鼓奏者となった経緯等を静かながらも自信にみちた口調でお話いただきました。中でも印象に残ったのは、世界中を巡る公演の中で、太鼓の持つ魅力は華やかさだけではない、聞く人を安心させ、感動させる音とリズムにもあるのだというお話でした。
 また、休憩時間には英哲先生が自ら執筆された書籍、DVD、「千響」特製のバチ等の物販も行われ好評を博していました。購入者への英哲先生直筆のサインを待つ列が次の講演が始まる直前まで残るほどでした。

 「佐賀のがばいばあちゃん」で一躍作家、映画監督としても有名となった島田洋七さんの講演が行われました。洋七さんの話はユーモアにあふれ、会場が笑いに包まれ、心がホッとするような楽しい話の連続。小学生からお世話になったおばあちゃんとの出会いと生活から、芸人として成功した山あり谷ありの芸能界、本が大ヒットに結び付くまでのお話等々。随所に演題の「がばいばあちゃんからの教え」を実践しているエピソードを盛り込んだ素晴らしい時間でした。
 講演の後には質疑応答も行われ、洋七さんの四千回以上になる講演会の中でも特殊な「お坊さんだけ」の講演は笑いの中、無事に終了しました。

 こうして、二日間にわたる結集も全員でご法楽をあげ解散となりました。最後に、本来はお手伝いという立場の私に、講演を聴く機会を作ってくださった先輩方に感謝いたします。合掌


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長谷寺演奏法要

   「梵響」
                  愛知支所 薬師寺 岩田 龍誠


 九月一日、残暑厳しい中、総本山長谷寺に於いて豊山太鼓「千響」の発足記念法要が厳修された。本尊・十一面観世音菩薩の御前に並べられた十一台の太鼓は見るだけで豪華で心が踊った。
 私は奉職中にもかかわらずご縁を頂き、中央の太鼓を打たせていただいた。内舞台正面から見上げる十一面観世音菩薩さまはいつもより大きく見えた。 
 法要では導師に総本山教務執事・菅生和光僧正をお迎えし、豊山派仏教青年会の鈴木道盛会長を始め、執行部の方々、豊山派仏教青年会の理事の方々が職衆を勤められた。法要が始まり、奠供、表白の後、般若心経、観音経を太鼓に合わせお唱えした。そして、法螺貝三声ののち『六大響』の奉納である。
 この曲は世界的な太鼓奏者・林英哲師が作曲した曲で、豊山太鼓の代表曲でもある。二十名を超す千響の皆様の太鼓の響きには、檀信徒様のため、世界のため、という想いが込められていることを、感じずにはいられなかった。

 長谷寺は古くから『隠国(こもりく)』と言われ、八方を山に囲まれている。我々「千響」の熱意、人々のためにという想いは、長谷の峰々にこだまする太鼓の梵響に乗って観音様に届いたと信じている。

 法要が終わり、いつもお会いしている観音様のお顔は、心なしか微笑んでいらっしゃるように感じた。

 長谷寺の観音堂で、しかも本尊・十一面観世音菩薩さまの御前で太鼓を打てた事を心から光栄に思うと同時に、豊山派僧侶として、千響のメンバーとして益々研鑽を深めていかねばと心に誓った。



   「観音さまの微笑み」
                  越後支所 妙楽院 星 泰純

 私が和太鼓に心惹かれたのは、たくさんの方々のご協力のもと行われた、新潟での震災復興、世界平和をテーマにした新潟結集でした。太鼓に触ったことすらなかった私は、雷に身を打ち抜かれたような強烈な響きと、感動を心身ともに感じました。この感動を、たくさんの人々に体験していただきたく、「千響」の門をたたきました。

 平成二十一年の九月、総本山長谷寺において、「千響」設立記念の演奏奉納が執り行われ、参加させていただきました。
 当日は、自然と笑みがこぼれ、心清らかになるほどの晴天。本尊十一面観世音菩薩さまを前に座して入堂をまち、引入の金が、堂内を荘厳な気配で包みます。静かに一呼吸をし、演奏奉納が始まりました。気付いた時には演奏が終了しており、とても緊張していたのだと覚えております。よく覚えているのは、バチを下ろす時に見えた、澄みきった蒼い空でした。なんとも言えない感覚が私を覆い、また爽快感を感じた演奏でした。向き直り見つめた観音さまの口元が、微笑んでいるように見え、この演奏奉納に参加できたことに、心より感謝したことを覚えております。

 まだまだ未熟ではありますが、多方面よりのご協力とご支援、ご理解をいただき、素晴らしい環境での出発となりました。これに応えるべく、諸先輩方のご指導を仰ぎ、日々の精進に努めてまいります。


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護国寺 演奏奉納

   「大本山護国寺 演奏奉納法要」

                  北海道支所 孝徳寺  関 道俊

10月13日、大本山護国寺において豊山太鼓「千響」の演奏奉納法要が秋晴れの雲一つない中行なわれました。

 法要前の午前中には、まず仏青会長の鈴木道盛会長の挨拶に続き、豊山太鼓「千響」委員長の馬場貞範師が挨拶をされ、挨拶の後、護国寺本堂をお借りして早速講習会が行なわれました。太鼓そのものに触れることが初めての方から数回太鼓を叩いたことがある初心者の方々約20人を、馬場委員長を中心にして千響のメンバーが付き添い、教えるというかたちで始まりました。

初めは太鼓のどこを叩くと良いのかなどのレクチャーでしたが、「まずは叩いてみないと分からない!」とのことで、「般若心経」の七五三のリズムを叩くことから始まりました。

馬場委員長の的確かつ熱のこもった指導によって、なんとほんの30分ほどで般若心経を完成させてしまったのでした。これには私自身「本当に皆さん初心者なの?」と思うくらい大変驚きましたが、なにより講習会参加者の方々の熱い意欲に感心させられました。中には女性も5名ほどおり、以前音楽をやっていたという方もいたようで、「千響の女性メンバーに負けないように」との委員長の激励で午前中の講習会が終了しました。また午後の講習会では観音経と六大響の指導も加わり、これもまた講習会参加者の方々はほぼ完成させたのでした。

午後の演奏奉納法要では、大本山護国寺において総本山長谷寺集議 大本山護国寺貫首 大僧正 岡本永司台下を大導師に賜り、本部仏青と地区仏青の職衆20口、太鼓衆として各地区の仏青で千響メンバーが30口の大法要が厳修されました。

大本山護国寺の本堂内に朗々とした声明が響き渡り、般若心経・観音経・六大響の太鼓の、重みのある心地よい音に惹かれ興味津々で中を覗かれ、一心に手を合わせる参拝者の方々の、心と心が響きあう、まさに荘厳な法要でした。

「太鼓の音が仏様の心の言葉であり、弘法大師の心そのもので、曼荼羅諸尊の真理そのものであるようだった。大本山護国寺の本尊 如意輪観音様もさぞお喜びのことでしょう。登壇していながら私は涙の出る思いでありました。」と大導師をお勤めになられた岡本永司貫首より大変有り難いお詞を頂戴し、出仕した職衆・太鼓衆の熱い想いが御本尊様に届き本当に響きあったのだと改めて実感しました。


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「千響」関東・関西講習会

   「響きの力」
                  福島二号支所 長命寺 茨木祐賢
 

当日は少し汗ばむ晴天の中、ぞくぞくと法要参加者が集まり受付を済ませ、午前十時と午後一時から始まる馬場委員長の太鼓の講習会準備をするため本堂へ向かうと、すでに太鼓を習う講習者が集まっていました。自分が、緊張しながら初めて太鼓を習った時の緊張感を思い出します。内容は、基本的な叩き方から始まり「般若心経」の叩き方から応用編まで、午後は六大響の指導まで行われました。楽しさの中にも厳しさがある馬場委員長の指導や、千響の皆さまには、一人一人に熱心なご指導を頂いて、講習者の方々もそれに負けない真剣な練習、その上達の早さは驚くばかりでした。

私が本格的に太鼓を始めたのが、新潟結集「響愛」の時。経験が何倍・何十倍もたりないので、講習者の反対側で習った事を思い出しながら、一心不乱に太鼓を練習していました。

もっともっと気持ちの入った太鼓を打ちたい、そんな気持ちがある事に気づかされたのが最後に、馬場委員長の「般若心経」の模範演奏を見ていた時です。ものすごい迫力があり、最初から最後まで釘付けになって見ていました。いつかあんなふうに浪々と打ちたい、自分の目標を見つけることができたと感じております。                                                

 何もわからず太鼓を始め練習を積み重ね、演奏奉納にまで参加させていただき、太鼓にはきっと人に何かを伝える見えない力がある、その力を伝えるには、自分の気持ちを高める修行をしなければいけないと感じました。馬場委員長の、いつの日か千人の僧侶で太鼓を打ちたいという願い、気持ちのこもった太鼓の音を人に伝えていきたい。その願いをいつまでも大切に胸にしまい、日々研鑽を積んでいきます。


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編集後記

 『奇想天外』普通では思いつかないような、奇抜なこと。もっぱら、足並みのそろえられない者に使う言葉のように思えるがそうではない。

 奇抜な格好をしているものを、傾奇者・歌舞伎者と呼んだ時代がある。当時は世間に反発した者たちの呼び名であり、周囲とは違う格好をし、自由気ままな行動をした者たちのことである。その行為はけっして褒められたことではないが、他とは違う行動をとることを、間違っていると決めつけるのは、いささか危険な気がする。

 私たち人間の心理には、既成概念というものがあり、物事を決めつけて考えてしまうことが多々ある。それを無くし、柔軟な思考をもって、あらゆる方向から物事を考えられることが大切だと感じる。

 「人は、行動した後悔よりも、行動しなかった後悔のほうが大きい」このような話を聞いたことがある。心理学の世界では有名な言葉である。失敗すると決めつけ、行動をしないことほど、もったいないことはない。もちろん周囲の意見を熟慮し、独りよがりにならないのであれば、たとえそれが、奇想天外なことでも、成功するか失敗するかは、始めてみないと決して分からないのである。

              まんが 作/画:田中礼奈
 
豊山仏青広報次長 田中宥弘

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